京都の昔がよくわかる! 驚きの京都昔の写真展 in 「京都府庁旧本館」





丸太町駅から徒歩10分のところにある「京都府庁旧本館」にて、

京都の昔の写真が展示されていました。

これはなかなか貴重な写真で、あまりに今と違っておもしろいのでガッツリご紹介しましょう。

麩嘉府庁前8

こちらで展示されておりました。

これは常設展示なのかな? いくらでも見てられるとてもいい展示です。

麩嘉府庁前10

はい、まずはここはどこでしょう?

そう、「初代京都駅」です。すごい。まわりが超田舎!

「京都の人たちが街中に鉄道を通したくなくて、遠くに作ったのがよくわかります笑。

普通、駅前がだんだん賑やかになっていくのに、京都はいまだに烏丸御池や四条が中心って感じですからね。

明治10年(1877年)、神戸、京都間の鉄道が全通。

起終点となった京都駅は現在よりも北側の塩小路通りに近い場所設けられました。

写真はこの時、建築された初代駅舎。左手にはその後鉄道が延伸していく東山がみえます」

とのこと。(矢野家写真資料 明治初期)

「京都鉄道博物館」にある駅舎が初代じゃなかったんですね。

あっちのほうが瓦屋根だし、初代っぽいのに。意外な発見。

麩嘉府庁前14

こちらはなんと「四条烏丸交差点」!! (大正初期 石井行昌撮影写真資料)

でもやっぱりこのころからにぎわいはあったようですね。

「明治45年(1912)に道路が拡幅されて市電が通るようになった四条烏丸の交差点です。

写真の中央の奥側に見える大きな建物は、四条烏丸の北西側にあった鴻池銀行で、

昭和8年(1933)に三和銀行になりました。

写真右側の市電は烏丸線の七条行きで、左側には四条線の市電が何両も見えます。

道路には自動車は見えず、信号機も横断歩道もなく、人々が自由に交差点を横切っています」

麩嘉府庁前29

はい、これはわかりますね、「四条大橋」です。(黒川翡翠撮影写真資料 1953年頃)

今も変わらず残る「東華菜館」が目印です。

「写真の四条大橋付近は、当時地上を走っていた京阪電車が、

木材で組まれた仮説の線路を走っていたことから、昭和10年(1935)6月の水害から

復旧した直後と推定されます。

この当時、四条大橋はアーチ型の先代の橋でした。橋の中央を市電が進み、

東詰で京阪電車と平面交差していました」

麩嘉府庁前12

「市電と京電」(石井行昌撮影写真資料)

「明治28年(1895)、日本初の電車の営業運転が開始されました。

営業に当たったのは、京都電気鉄道株式会社(京電)でした。

明治45年になると京都市営の市電の運行が始まります。

写真は堀川丸太町で、堀川通りを進む京電と丸太町通りを進む市電を撮影したものです。

両社は大正7年(1918)京電が市電に買収され経営が一本化されました」

麩嘉府庁前9

こちらは。。。確か「新京極」だったと思います!

ぜひ、京都府庁旧本館に行って確かめてください!

しかし、こんな貴重な写真展を無料で解放してるなんて。

京都府庁旧本館、穴場です!

 

京都府庁旧本館(総務部府有資産活用課)
京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町
075-414-5435

 

京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町


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